趣味の歴史の本を読んでいると、法律家の常で、「この人物の行動は〇〇法〇条に該当するな」などと頭にうかぶことがある。
といっても傷害や殺人などはしょっちゅう出てくるので、うかぶのはもっとマニアックな条文である。例えば、刑法81条に「外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する」という外患誘致罪があるが、三国志で、劉備の軍隊を張松・法正が蜀の国に引き入れたのはこれに該当する、といった具合である。
外患誘致罪は明治以来一度も適用されたことのない条文だが、そこまでではなくても、めったに使われない条文として民法93条の心裡留保(しんりりゅうほ)というものがある。これは、真意とは異なる意思表示をしてもそれは無効とならないことを定めたもので、本当はあげるつもりがないのに、「貴方に〇〇をあげよう」と約束することなどがこれにあたる。日常生活ではなかなかそんなことはないが、歴史をひも解くと、しばしばそんな場面を目にする。
例えば晩年の徳川家康と藤堂高虎。高虎は、外様ながら家康の腹心として伊勢津藩の大大名となっていたが、「私の息子は若年で到底お役目を果たせない」として家康に領地返上を申し出る。しかしこれは真意ではなく、家名存続のための策であった。家康は「跡継ぎには物に馴れた老臣がいるのだからそれには及ばす。津は藤堂家が永世治めよ」とお墨付きを与えたのである。高虎の領地返上の意思表示は、民法の原則どおりならば有効となるところだが家康はそうしなかった。実は民法の規定も、相手方(この場合は家康)が意思表示が真意でないこと知っていたか、知りえたときはその意思表示は無効となるとしている。高虎と家康はお互いの腹のうちを分かり切った間柄であるから、高虎の真意を知りながらあえて家康はお墨付きを与えたのであろう。
一方で、民法の原則どおりの結論となったのが、中国は清の初期、康熙帝に対する呉三桂の領地返上である。康熙帝は清の4代皇帝にして中国史上指折りの名君。廟号は聖祖。呉三桂はもと明の武将。清の覇権確立に大功があり、厚く遇されて雲南になかば独立国を領していた。このような状態は清にとって望ましいものではないので、康熙帝は呉三桂の勢力を削ぐ態度に出るようになった。この先植村清二「万里の長城」(中公文庫)から引くと次のような場面となる。
「呉三桂はこの形勢(注:上記康熙帝の態度)を察して、これを牽制するために、自ら藩を撤廃することを請うたが、聖祖は躊躇することなくこれを許して、断固たる決意を示した。進退に窮した呉三桂は、遂に兵を挙げて清朝に反抗するの已むなきに至った(西紀一六七三年)」。
藩の撤廃(領地返上)を請いながら、これが許されると反乱するのだから、真意ではないわけである。呉三桂はこの時61歳、康熙帝は19歳。呉三桂としては自分を辞めさせるはずがないと高をくくっていたのだろうが、相手が悪かった。これが世にいう三藩の乱で、結局、乱は8年かけて平定され、呉三桂も陣没した。
真意か否か説が分かれているのが三国志の名場面の一つである劉備の遺言の場面。劉備が臨終の際、諸葛亮に後事を託すが、もし息子(劉禅)が不才であればこれに代わって君主となるよう遺言する。この遺言を言葉のとおり解するか、諸葛亮の謀反を防ぐための牽制(心裡留保)と解するか説が分かれているそうだ。この問題は君臣の関係をどのように理解するかにかかっているのだろう。
法律ではなく歴史中心の話となってしまったが、歴史は壮大な事実認定であるというのが私の持論で、これなどは心裡留保か否かの事実認定の問題そのものではないかと思ったりしているが、いかがだろうか。
2021.11.15更新
歴史の中の民法 ~秋の味わい法律コラム~
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