コラム

2026.08.21更新

弁護士  前 川 雄 司

 シンドラー社製エレベーター事故が起こってから20年が経過しました。
 遺族の代理人の一人として関与してきましたので、事故の経過と課題をまとめておきたいと思います。

事故の経過

 2006年6月3日、東京都港区シティハイツ竹芝でシンドラーエレベータ株式会社(以下「シンドラー社」といいます。)製エレベーターの戸開走行により高校生が死亡する事故が起こりました。
 遺族は警視庁、東京地方検察庁、国土交通省、シンドラー社(事故機のメーカー・保守管理会社)、エス・イー・シー・エレベーター株式会社(以下「SEC社」といいます。)(事故機の保守管理会社)、港区(事故機の所有者)など関係各機関に再三にわたり事故原因の解明・再発防止対策の実施・法的責任の解明を申し入れましたが、十分な説明が受けられないまま1年半が過ぎ、2007年暮れには八方塞がりの状態になってしまいました。

 遺族と高校生や父母などの支援者は、東京地方検察庁、警視庁、国土交通省宛の3種類の署名(「事故原因の全面解明と刑事責任の厳正な解明、再発防止対策の早期実行を求める要請書」)を集めることを決め、2008年1月から寒風の吹きすさぶ街頭に立ち、署名を集め始めました。3種類の署名は半年足らずでそれぞれ13万筆を超え、合計40万5859筆の署名を2008年6月3日に提出しました。同年11月21日までの署名総数は46万7642筆にのぼりました。

 これが転機となって、東京地方検察庁、警察庁(警視庁宛の署名でしたが警察庁が対応しました。)、国土交通省の対応が変わりました。新設エレベーターへの戸開走行保護装置(いわゆる二重ブレーキ)設置義務付け(2008年9月19日建築基準法施行令改正・関連告示整備、2009年9月28日施行)、建築確認申請時に保守点検マニュアルの添付義務付け(2008年11月28日建 築基準法施行規則改正、2009年9月28日施行)、国土交通省による事故機の調査(2008年12月)と昇降機等事故対策委員会の設置(2009年2月)、関係者の起訴(2009年7月)、昇降機等事故対策委員会の事故調査報告書の公表(2009年9月)などにつながっていきました。

 遺族は2008年12月にシンドラー社、SEC社、株式会社日本電力サービス(以下「日本電力サービス社」といいます。)(事故機の保守管理会社)、港区、財団法人港区住宅公社(以下「港区住宅公社」といいます。)(事故機の管理者)に対して損害賠償請求訴訟を提起し、2009年には刑事裁判に被害者参加しました。
 しかし、遺族はそれらの裁判だけに限定することはありませんでした。日本航空ジャンボ機墜落事故をはじめ、さまざまな事故被害者のつながりに参加し、消費者庁設置運動などに参加していきました。

 こうして、2016年8月30日には消費者安全調査委員会が特別にこの事故を取り上げて調査報告書を出すに至りました。遺族と支援者の活動は事故原因の解明と再発防止のために大きな役割を果たしました。

 刑事裁判は、東京地方裁判所で2013年3月11日に第1回公判が開かれ、2015年2月19日の第57回公判で結審となり、同年9月29日に一審判決がなされ、シンドラー社関係の被告人が無罪、SEC社関係の被告人らが有罪となりました。しかし、東京高等裁判所に控訴され、2018年1月26日と同年3月14日に控訴審判決がなされ、全員無罪となりました。

 損害賠償請求訴訟では、2017年9月27日に裁判官3名が遺族の活動に敬意を表する画期的な和解勧告を行い、同年11月24日に和解が成立しました。
 和解条項において、被告らは深く遺憾の意を表し、社会的・道義的責任を果たすべく、互いに協力し合って、不断の意思をもってエレベーター事故の再発防止のために全力を挙げて取り組んでいくことを確約するとともに、解散した港区住宅公社を除く被告らは原告(遺族)に対し連帯して相当額の和解金を支払い、和解条項や覚書で定めた再発防止対策を履行しています。
 たとえば、港区は事故の日である6月3日を「港区安全の日」と定め、毎年、遺族とともに安全のための講演会を開き、遺族を講師とする職員研修を行い、戸開走行保護装置の設置を率先して行うなど再発防止に努めています。
 また、港区は、エレベーター事故を契機として区が取り組んできた区有施設等の安全に対する姿勢が今後も変わらないことを内外に発信していくとともに、エレベーター事故に関する区民の記憶が風化することを防ぐため区役所本庁舎正面玄関横に「安全の碑」を設置し、2025年3月23日、区長、副区長、教育長、議長、副議長、赤とんぼの会代表で遺族の市川正子さんが出席し、除幕式を行いました。
 和解の当事者ではありませんが、国土交通省は再発防止のための講習会を全国各地で開き、その講習会に遺族を講師として招くなどの取り組みを続けています。

事故の課題

事故原因はどこまで解明できたか

 昇降機等事故対策委員会の事故調査の結果、本件事故は、事故機のブレーキの電磁石のコイルの巻線が途中で短絡(ショート)し、ブレーキを開放する電磁石の力が弱くなったため、ブレーキが半がかり状態で昇降を繰り返し、それによってブレーキライニングの摩耗が進行し、ブレーキのプランジャー(電磁力で動く鉄芯)が移動限界に達したため、ブレーキがきかなくなり、かご(人を乗せて走行する箱状の部分のこと)の戸が開いていたにもかかわらず、突然、かごが上昇して起こったことが報告されています。

 事故機のブレーキには、ブレーキライニングの摩耗が進むとプランジャーが移動し、移動限界に達するとブレーキがきかなくなるという構造上の特性がありました。ブレーキがきかなくなると、かごの戸が開いているにもかかわらず走行する戸開走行が起こってしまい、死亡事故につながるおそれがあります。戸開走行事故を防ぐためには、日常の保守点検(定期点検)によって、プランジャーが移動限界に達する前にブレーキを調整することが必要なのです。

 ところが、事故機のブレーキには、プランジャーの移動限界を目で見て確認できないという構造上の特性がありました。そのため、シンドラー社は取扱説明書(保守点検マニュアル)で、連結ピンとストロークインジケータの隙間(R寸法)を測定すること、そしてR寸法がほぼ0に等しい場合ブレーキを調整することを定めていました。プランジャーが移動限界に達するとR寸法が0になるようになっているので、R寸法が0になる前にブレーキを調整すれば、プランジャーが移動限界に達してブレーキがきかなくなるのを防げるというわけです。

 では、本件事故のときは、なぜ、R寸法が0になる前にブレーキを調整しなかったのでしょうか。

 本件事故直前の定期点検は2006年5月25日にSEC社が行いました。本件事故は同年6月3日に起こりましたから、その9日前です。定期点検は月2回行われていましたので、次の定期点検日の前に本件事故が起こったことになります。したがって、定期点検によってR寸法が0になる前にブレーキを調整することができたのは、本件事故直前の同年5月25日の定期点検が最後の機会だったことになります。

 ところが、刑事裁判の東京高等裁判所判決は、本件事故直前の定期点検の後に異常摩耗が発生・進行し事故に至った可能性があるとしました。この判決がいうように、事故直前の定期点検の後に異常摩耗が発生したのだとすると、事故直前の定期点検のときにはまだR寸法がほぼ0に等しい状態にはなっていないので、SEC社がブレーキを調整しなかったのは問題なかったことになります。

 そして、事故直前の定期点検の後に異常摩耗が発生・進行し事故に至ったのだとすると、異常摩耗が発生してから本件事故に至るまでの間に定期点検は行われないのですから、定期点検で本件事故を防ぐことは不可能であり、本件事故機は定期点検では事故を防げない欠陥エレベーターだったことになります。

 では、この判決は、本件事故機を欠陥エレベーターであると認定したのでしょうか。

 この判決は事故直前の定期点検のときにすでに異常摩耗が発生していた可能性も否定していないのです。事故直前の定期点検のときにすでに異常摩耗が発生していたとすると、そのときにR寸法がほぼ0に等しい状態になっていた可能性があり、R寸法がほぼ0に等しい状態になっていたにもかかわらずSEC社がブレーキを調整しなかったとすると、SEC社の保守点検に問題があったことになります。

 結局、東京高等裁判所判決は、異常摩耗が発生したのがいつかという最も重要な事実を認定することができなかったのです。

 刑事裁判としては、証拠が不十分で有罪か無罪か確信が持てない場合、被告人に有利な無罪の判断をするのが原則ですので、無罪判決で終結となります。
 しかし、事故原因の解明と再発防止対策としては、事故直前の定期点検のときに異常摩耗が発生していた可能性も発生していなかった可能性もあるということでは、事故原因の全面的な解明ができていないことになります。
 適切な再発防止対策をとるためには、事故原因の解明が引き続き課題となります。

 では、なぜ、異常摩耗が発生したのがいつかという最も重要な事実を認定することができなかったのでしょうか。

 その最大の原因は、定期点検報告書にR寸法の実測データを記載せず写真の添付もしなかったことです。
 事故直前の定期点検報告書にR寸法の実測データが記載され写真が添付されていれば、そのときにR寸法がほぼ0に等しい状態になっていたか否かは一目瞭然だからです。
 このことはとても重要なことだと思うのですが、あまり指摘されていないようで残念です。

 それによって、何が変わるでしょうか。
 そのときの実測データや写真でR寸法がほぼ0に等しい状態であれば、シンドラー社の取扱説明書(保守点検マニュアル)でブレーキを調整することが定められていましたから、SEC社がそれに従ってブレーキを調整すれば本件事故を防げたことになります。
 それにもかかわらず、SEC社がブレーキを調整せず本件事故に至った場合、事故直前の定期点検報告書に記載されたR寸法の実測データと添付された写真により、そのときにR寸法がほぼ0に等しい状態になっていたことを証明することができますから、起訴も裁判ももっと速やかになされたはずで、2006年6月の本件事故から2009年7月の起訴を経て2018年3月の東京高等裁判所判決まで11年以上にわたる長期の刑事捜査と刑事裁判に遺族が苦しむ必要はなかったはずです。

 そのときの実測データや写真でR寸法がほぼ0に等しい状態でなければ、検察官はSEC社の関係者を起訴しなかったでしょうし、本件事故直前の定期点検の際にブレーキを調整すべき特段の状況が認められないかぎり、本件事故機は定期点検では事故を防げない欠陥エレベーターであった可能性が高くなります。
 そうなれば、同型機の使用停止命令や戸開走行保護装置設置義務付け等の再発防止対策を速やかに取ることができたのではないでしょうか。
 そして、そのような再発防止対策がとられていれば、石川県金沢市の本件事故機と同型のエレベーターによる戸開走行死亡事故を防ぐことができたのではないでしょうか。

 では、なぜ、SEC社は、定期点検報告書にR寸法の実測データを記載せず写真の添付もしなかったのでしょうか。

 SEC社は、シンドラー社が作成した取扱説明書(保守点検マニュアル)を持っておらず、「連結ピンとストロークインジケータの隙間(R寸法)を測定すること、そしてR寸法がほぼ0に等しい場合ブレーキを調整すること」という技術情報を持っていなかったので、R寸法の測定すらしていませんでした。

 なぜ、SEC社は、シンドラー社が作成した取扱説明書(保守点検マニュアル)を持っていなかったのでしょうか。

 本件事故当時、エレベーターメーカーは、エレベーターの構造や保守点検方法、保守点検の際の留意事項などの技術情報が記載された保守点検マニュアル等を公開していませんでした。
 シンドラー社のようなメーカーやメーカー系保守業者とSEC社や日本電力サービス社のような独立系保守業者の間には、①専用部品の納期を不当に遅らせる、②専用部品の販売価格を不当に高くする、③独立系保守業者に委託するとトラブルがあるなどの不利益情報を流布するといった「不当な取引妨害」などの深刻な対立が指摘されていました。

 本件事故機の保守管理はずっとSEC社が行っていたのでしょうか。

 本件事故機の保守管理は、設置された1998年度は設置会社による無償の保守管理としてシンドラー社が実施し、1999年度から2003年度までは随意契約により港区住宅公社からシンドラー社が受託して実施しましたが、港区が2003年度から原則としてエレベーター等の保守点検についてのメーカー推薦を認めない方針を打ち出したため、港区住宅公社も指名競争入札で保守点検業務受託者を決めるようになり、2004年度はシンドラー社が落札して受託・実施し、2005年度は日本電力サービス社が落札して受託・実施し、2006年度はSEC社が落札して受託・実施し、同年6月3日本件事故が発生しました。
 2002年度から2006年度までの受託者と契約金額は次のとおりです。
  2002年度 シンドラー社    4,460,400円
  2003年度 シンドラー社    4,460,400円
  2004年度 シンドラー社    3,645,600円
  2005年度 日本電力サービス社 1,663,200円
  2006年度 SEC社      1,209,600円
 契約金額は、2005年度は2003年度の37%、2006年度は2003年度の27%になっています。

 日本電力サービス社やSEC社は、シンドラー社に取扱説明書(保守点検マニュアル)の提供依頼を行ったのでしょうか。

 日本電力サービス社とSEC社は、シンドラー社に取扱説明書(保守点検マニュアル)の提供依頼を行っておらず、取扱説明書(保守点検マニュアル)を持っていませんでしたし、ブレーキライニングの摩耗量やR寸法について測定していませんでした。

 シンドラー社は、港区住宅公社や港区、日本電力サービス社やSEC社に取扱説明書(保守点検マニュアル)を渡さなかったのでしょうか。

 シンドラー社は、港区住宅公社や港区、日本電力サービス社やSEC社に取扱説明書(保守点検マニュアル)を渡していませんでした。

 港区住宅公社や港区は、本件事故機の保守管理がシンドラー社から独立系保守業者に変わるにあたって、取扱説明書(保守点検マニュアル)について何らかの対応をしたのでしょうか。

 港区住宅公社や港区は、シンドラー社に対して保守点検マニュアルを提供するよう依頼を行っておらず、取扱説明書(保守点検マニュアル)を保有していませんでしたし、指名競争入札にあたって、指名基準として取扱説明書(保守点検マニュアル)を保有していることを求めていませんでした。
 また、日本電力サービス社は本件事故機の保守点検業務を受託するまでエレベーターの保守点検業務を行ったことがありませんでした。

 では、シンドラー社が保守点検を行っていたときは、定期点検報告書にR寸法の実測データを記載し写真の添付をしていたのでしょうか。

 シンドラー社も定期点検報告書にR寸法の実測データを記載せず写真の添付もしていませんでした。
 検察官は、シンドラー社が保守点検を行っていたときに異常摩耗が発生していたとしてシンドラー社関係の被告人も起訴していましたが、東京地方裁判所も東京高等裁判所もそれを認めませんでした。
 しかし、シンドラー社が定期点検報告書にR寸法の実測データを記載し写真を添付していれば、その定期点検のときにR寸法がほぼ0に等しい状態になっていたか否かは一目瞭然です。
 そのときの実測データや写真でR寸法がほぼ0に等しい状態でなければ、検察官はシンドラー社の関係者を起訴しなかったでしょう。
 そのときの実測データや写真でR寸法がほぼ0に等しい状態であれば、定期点検報告書に記載されたR寸法の実測データと添付された写真により証明することができますから、起訴も裁判ももっと速やかになされたはずで、11年以上にわたる長期の刑事捜査と刑事裁判に遺族が苦しむ必要はなかったはずです。

再発防止対策はどこまで進んだか

 遺族と支援者は、利用者の安全のために、①既設のエレベーターを含め全てのエレベーターについて最新の保守点検マニュアルや技術情報がメーカーから所有者・管理者・保守管理業者に確実に提供されること、②年1回の定期検査時だけでなく日常の保守点検時や不具合対応時などの全ての作業報告書に実測データや写真など具体的状況を示す情報が記録され共有されること、③既設のエレベーターについても戸開走行保護装置が設置されること、④メーカー、独立系保守管理業者、所有者、管理者が互いに協力し合ってエレベーター事故の再発防止のために全力を挙げて取り組むこと、⑤緊急時の初動体制・救助体制確保に向けた取組みを促進すること、⑥被害者支援室を設置することなどを訴え続けてきました。

 国土交通省は、①確認申請への保守点検マニュアルの添付義務付け、②年1回の定期検査報告への実測データ等を記載した検査結果表や写真の添付義務付け、③戸開走行保護装置の設置義務付けを行い、「昇降機の適切な維持管理に関する指針」及び「エレベーター保守・点検業務標準契約書」を公表しました。

 しかし、①約70万台あると言われた既設のエレベーターについては保守点検マニュアルの提供も戸開走行保護装置の設置も義務付けられておらず、②実測データ等を記載した検査結果表や写真の添付義務付けも年1回の定期検査だけで日常の保守点検等については義務付けられていません。

 そのような状況を踏まえて、消費者安全調査委員会は、2016年8月30日、本件事故の事故等原因調査報告書を決定しました。この報告書は、事故原因調査と再発防止対策の到達点であり、安全確保のために取り組むべき課題を明らかにしたものですので、常に再確認して課題に対する取り組みの進捗状況を検証する必要があります。

1 消費者安全調査委員会の事故等原因調査報告書の概要

<結論>
 本件事故においては、エレベーターの「止まる」という安全性が確保されなかった。これは、本質安全の考え方に基づくシステムのうち、最も重要な機械機構であるばね力で「止まる」状態を維持する仕組みが機能しなかったためである。その要因としては、まず、機械機構が機能するために必要な、保守管理を考慮した装置の設計について、保守点検員(人)に頼りすぎた機械、つまり保全性(メンテナビリテイ)が低い機械であったことが挙げられる。
 次に、設計されたシステムを適切に運用(保守管理)するために必要な3つの要素、すなわち「情報伝達」、「情報に基づく保守管理の遂行」、「作業を行う人材の質の確保」の全てが不十分であったことが推定される。保守管理が不十分となった社会的な背景として、エレベーターの所有者・管理者及び保守管理業者の在り方が変化し、保守管理業務委託契約を締結するに当たって必要な情報が変化しているにもかかわらず、関係者の意識や行動がそれに伴って変化しなかったことがあると考えられる。
 加えて、本質安全の考え方に基づくシステムが機能しない場合を想定した制御安全の考え方に基づくシステム、すなわち機械的に独立した二重系ブレーキや戸開走行保護装置等の制御装置の設置もなされていなかった。
 さらに、本件事故は、人の生命に関わる緊急性を要する事故であったが、正確な情報が伝達されていなかったため、事故発生当初に、事故の態様、規模に応じた適切な体制が確保できていなかった。

<意見>
 エレベーターは、多くの人が長期にわたり日常的に利用する機械であり、事故が一たび起こると、人の生命に関わるなどの重篤な被害が生じ得る。エレベーターが「止まる」ための機械機構のうち、最も重要な、ソレノイドの通電を断ってばね力で「止まる」状態を維持する仕組みが機能するためには、まず、機械の保全性が確保された設計となっていることのほか、保守管理の手段・手順が適切に設計され、それらの設計に基づいて、システムが適切に製造・運用(保守管理)されることが不可欠である。
 そして、システムの運用(保守管理)に当たっては、保守管理に必要な情報が得られること、その情報に基づき適切な保守管理が遂行されること、及び人材の質が確保されることが必要である。
 また、制御安全装置の一つである戸開走行保護装置の設置は、エレベーターの本質安全が100%確保され得ない以上必要不可欠であり、その認識の下、平成21年に改正された建築基準法において、新設のエレベーターについて戸開走行保護装置の設置の義務付けがなされている。しかし、約70万台あると言われる既設のエレベーターについては、法律不遡及の原則により戸開走行保護装置の設置は義務付けられておらず、そのような既設のエレベーターにおいては、未だ戸開走行の危険性が残存している。
 消費者安全調査委員会は、全てのエレベーターにおいて安全性が確保されなければならないと考える。そのためには、これまでに述べたとおり、設計、製造、運用(保守管理)などのあらゆる段階で、製造業者、保守管理業者、所有者・管理者、行政等、社会全体が関与する必要がある。
 以上を踏まえ、国土交通省は、エレベーターは建築物の中にあっても機械としての安全を確保すべき設備であるという観点から、以下の点について取り組むべきである。
国土交通大臣への意見
(1)保全性を確保した設計の徹底
   製造業者の責任において、エレベーター自体の設計が、保守管理に関する技術情報及び一定の技術力を持つ保守点検・検査員であれば、適切な保守管理を行うことができるものとなるよう、製造業者の対応を促すなど必要な措置を講ずること。
(2)適切な保守管理の実現
  ① 保守管理に関する情報の伝達についての措置の実施
    既設のものを含む全てのエレベーターについて、製造業者が、所有者・管理者及び所有者・管理者から委託を受けた保守管理業者に対し、保守点検マニュアルを提供することを製造業者に促すなどし、所有者・管理者及び保守管理業者が確実に最新の情報を入手できるよう、必要な措置を講ずること。
  ② 情報に基づく保守管理の遂行のための措置の実施
    ・保守点検マニュアルに、対象エレベーターの特徴等を踏まえた点検項目、点検内容及び目安となる点検周期のほか、ブレーキ等安全に関わる装置の構造、調整方法、作業手順、部品の交換基準等、保守管理業者が当該エレベーターの保守点検を適切に行うために必要な内容が、製造業者の責任において定められるよう、製造業者の対応を促すなど、必要な措置を講ずること。
    ・既設のものを含む全てのエレベーターにおいて、所有者・管理者と保守管理業者の間で具体的な点検周期を定めた上で、保守点検が保守点検マニュアルの中で具体的に定められた点検項目や点検内容に沿って行われるように、国土交通省が平成28年2月19日に公表した「昇降機の適切な維持管理に関する指針」及び「エレベーター保守・点検業務標準契約書」(以下、あわせて「維持管理指針等」という。)の周知・普及等を行うとともに、維持管理指針等の内容がより具体的かつ実務的なものとなるよう、必要な措置を講ずること。
    ・チェックすべきポイントについては写真や実測データ等をもって保守点検結果の報告が行われるように、維持管理指針等の周知・普及等を行うこと。
    ・維持管理指針等の周知・普及等を行うとともに、それらの内容が具体的かつ実務的なものとなり、保守管理業者によって以下の対応が確実に実施されるよう、必要な措置を講ずること。
     (a)不具合対応後に作成される作業報告書等には、保守点検員が取得した不具合情報について、写真や実測データ等、不具合の状態が分かるような記録が添付されること。
     (b)保守点検員が不具合情報を取得し、何らかの判断をした場合やそれに基づいて修理等の作業を行った際には、その判断理由及び処置内容等を正確かつ詳細に上記の作業報告書等に記録すること。
     (c)上記の作業報告書等が、保守管理業者から所有者・管理者へ確実に提出されること。
  ③ 保守点検員の技術力を担保するための措置の実施
    ・製造業者や保守管理業者による研修を受講させるような教育制度の整備等により、保守点検員として要求される技術力が担保されるよう、必要な措置を講ずること。
    ・エレベーターの仕様や機種に応じて保守点検員が継続的に知識を習得することができるよう、必要な措置を講ずること。
  ④ 指針等の周知・普及及び改善等の実施
維持管理指針等の周知・普及を図り、一定期間経過後に、維持管理指針等の活用度や、維持管理指針等が所有者・管理者にとって活用しやすいものとなっているかを調査し、必要な改善に努めること。
(3)既設のエレベーターに対する戸開走行保護装置の設置の促進
  ① 既設のエレベーターについて、戸開走行保護装置設置がどの程度進んでいるのかに関し、平成21年の改正建築基準法施行令施行後の進捗状況を把握・分析すること。
  ② 上記分析の結果を踏まえた対策に加え、引き続き、設置が容易で確実な装置の開発支援や、所有者の意識の啓発など、戸開走行保護装置の設置の普及促進のための対策を検討・実施すること。
  ③ 上記所有者の意識の啓発を行うに当たっては、所有者・管理者が、製造業者及び保守管理業者の協力を得て、共に戸開走行保護装置の設置に関する検討を行うよう、製造業者、保守管理業者及び所有者・管理者へ促すこと。
(4)所有者・管理者への働き掛け
所有者・管理者に対して、維持管理指針等の普及等により、エレベーターの維持保全義務が課されていることを周知するとともに、既設のエレベーターへの戸開走行保護装置の設置に関する意思決定や、保守点検マニュアル及び不具合に関する情報等の取得・保存、これらを確実に保守管理業者に渡すこと、さらには緊急時の通報訓練への参加など、エレベーターの維持管理に主体的に関わることの重要性について啓発すること。
(5)緊急時の初動体制・救助体制確保に向けた取組の促進
  ① 製造業者に対して、手動ハンドル等の救助装置について、機器等に直接明示したり、保守点検マニュアルに記載するなどの方法によって、装置に関する情報が、保守点検員に確実に伝達されるように促すこと。
  ② 保守管理業者に対して、通報受信時の確認項目及び初動体制・救助体制等を定めた社内マニュアルの整備並びに通報訓練等の実施を促すこと。
  ③ 所有者・管理者に対して、通報受信時の確認項目を定めたマニュアル等の整備及び通報訓練等の実施を促すこと。

2 私の補足意見

 再発防止のためには、①全てのエレベーターについて保守点検マニュアル等の技術情報が共有されること、②日常の保守点検等についてもチェックすべきポイントについて写真や実測データ等をもって保守点検結果の報告をすること、③全てのエレベーターに戸開走行保護装置が設置されることが必要です。

 保守点検マニュアル等の技術情報は、利用者の安全を守るための共通の土台です。メーカー及びメーカー系保守業者と独立系保守業者の競争は、その共通の土台の上でなされなければならず、技術情報の秘匿が競争の道具とされてはなりません。利用者の安全を犠牲にした競争は断じて許されません。

 チェックすべきポイントについて写真や実測データ等をもって保守点検結果の報告をすることは、保守点検のミスを防ぎ事故を防止することに資するうえ、不幸にして事故に至ってしまった場合でも、事故原因の早期解明と再発防止対策の早期実施に資することになり、本件事故で遺族が受けた長期にわたる苦痛を緩和するとともに利用者の安全を守ることにつながる極めて重要な事項です。

 これらの実施状況を定期的に調査して把握し、完全な実現を早期に達成することが必要であり、早期達成ができない場合は、義務付けを行うべきです。

投稿者: 東京合同法律事務所

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