東京合同法律事務所 > 事務所紹介

事務所の沿革

東京合同法律事務所は、1951年1月に設立されました。

アジア・太平洋戦争が終了して間もなくの頃で、まだアメリカ軍が日本を統治していました。アメリカ軍は、日本占領後、多くの民主的改革を行っていましたが、中国に社会主義政権が成立しそうになると、民主路線を転換しました。

日本を当時のソ連、中国に対抗する防波堤と位置付け、日本に軍隊を再建するなど対日占領政策を変更したのです。日本国内の言論や集会、労働運動や政治運動はきびしく抑圧、弾圧される支配体制が構築されようとしていました。

国家の権力によって人びとの人権は侵害され、生活が破壊される大小さまざまな事件が発生しました。

このような状況のなかで、抑圧された人びとの側に立って活動する法律事務所として、自由法曹団に所属する7人の弁護士たちによって東京合同法律事務所が設立されました。

東京合同法律事務所は、設立と同時に全国的な弁護活動を展開しました。

よく知られた事件としては、東京で起きた三鷹事件(無人列車を走らせたとして7名の共産党員が逮捕)、福島で起きた松川事件(列車を転覆したとして労働者20名が逮捕、5人に死刑判決)、東京で起きたメーデー事件(警官隊による集会弾圧)、北海道で起きた白鳥事件(巡査銃殺事件)などがあります。


メーデー事件

1952年秋 メーデー事件第1回活動者会議
報告に立つ上田誠吉弁護士


松川事件

1958年11月 「松川事件公判報告記録映画の夕」
画面中央よりやや左に岡林辰雄弁護士


事務所が設立された経過と、その後の担当事件が東京合同法律事務所の原点となりますが、その精神はその後も受け継がれました。

担当事件は、1950年代、1960年代では、刑事事件、労働事件が多く、1970年代以降は、公害事件、都市住民の権利にかかわる事件へと活動分野が広がり、1980年代、1990年代は、金融による消費者被害にかかわる事件へと分野を広げてきました。

もちろん、東京合同法律事務所が取り扱う事件は、時代の特徴を受けた事件ばかりではなく、一般の民事・家事・商事事件がほとんどを占めているのが実際です。

しかし、その時代において、市民が、国家・大企業などにより不当な被害を受ける事件が発生すれば、積極的に担当していこうとする精神は今後も変わりません。


NTT年休権裁判東京高裁勝訴

1996年1月 通信労組NTT年休権裁判東京高裁勝訴


東京合同法律事務所に所属する弁護士は、設立5年後には20名となり、その後も20数名の弁護士がいつも在籍しています。

この60年のうちに事務所から独立した弁護士は60名以上にのぼりますが各地で活躍しています。